(前編からつづく)
誰をどう幸せにするのか
コクヨの会議室に、緊張が走った。「大人のやる気ペン」開発者の中井信彦さんの手には、4コマ漫画も含めた企画書と動画。満を持して挑んだ社長プレゼンだった。
「顧客の解像度が低すぎるんじゃない? いったい、誰が買うの?」
黒田英邦社長の言葉で、会議室は静まった。思いもよらぬ一言だった。
「『売れそうです』は、商品開発では通用しない」。それは社内の暗黙の了解である。しかし社長が求めたのは、数字でも市場データでもなかった。この商品で「誰を、どう幸せにするのか」。それを明確にしなければ机上の空論だという指針だった。このダメ出しは、中井さんたち開発チームへの挑戦状となる。
――遡ること数カ月。
1万人のウェブ上でのアンケート。その結果は、前編で紹介したユーザーたちの確かな声である。「本当に、こんな商品を求める人たちがいるのか?」という社内の懐疑は、いい意味で裏切られたと言っていい。ニーズは存在した。諦めかけた日々の中で、何とか前に進もうとする大人たちの欲求は確かにあったから。
「しかも切実な欲求でした。『スキルアップ』や『資格取得』って、キラキラして見えるじゃないですか。でも実際にはそうじゃない。表裏一体で、諦めと挫折がそこにはありました」
中井さんはその時点で、まだ見ぬ商品ユーザーたちに接していたのだ。社長のダメ出しは痛烈にそれを気付かせてくれた。
「ああ、そうかと納得しましたね。どんなに挫折しても、自分を変えたい。プライドを取り戻したい。そんな人たちのモチベーションを可視化させ、習慣化を後押しする。苦しみの中から一歩でも踏み出せるようなプロダクトをつくって彼らを幸せにしたい。それが僕の動機だとはっきりわかったんです。社長にしてやられたかな(笑)」
道具じゃなくて伴走者をつくろう
人は孤独のままではいられない。でも、いちいちSNSに投稿するのも疲れが増すばかりだ。ならば、自分だけの小さな“証”を、日々の中に忍ばせたい。そんな願いを叶えるのが「大人のやる気ペン」だ。道具じゃなくて「伴走者」をつくろう――。ゴールのイメージが固まれば、次はそれをどう形にできるかだ。
コンセプトは「しゅくだいやる気ペン」を踏襲した。書くという行為。それは、能動的な証拠。スマホを見ているだけでは得られない“体感”がそこにある。だからこそ、筆記量をベースに「やる気パワー」を算出し、毎日の積み重ねを“見える化”させる仕組みにこだわった。
最大のハードルは、装着方式だった。
「しゅくだいやる気ペン」はえんぴつに“挿す”方式。だが大人は、ボールペン、万年筆などそれぞれ好みがバラバラだ。しかも、毎日使うからこそのこだわりもあるだろう。
「大人が使うペンは、太さも形状もさまざまなものが想定されましたから、悩みました。使い勝手の良さか、記号的意味合いか、メッセージ性を形として強調するか――。正解がありませんから、何を正しいとするかを決めるところからのスタートでした」
中井さんたちは、およそ20種類もの筆記具に試作モデルを取りつけた。結果として行き着いたのが、“クリップ型”である。
素材は柔らかいシリコン製で、あらゆる太さのペンに対応。中には空洞を設けて軽量化し、指が当たっても痛くない構造にした。外見はシンプルだが、見えない工夫が詰まっている。
「気付いたら、そっとついてる。でも、静かな支えになっている。そんな伴走者を目指しました」