連続テレビ小説「あんぱん」(NHK)で嵩(北村匠海)が経験する過酷な兵隊生活。ライターの田幸和歌子さんは「嵩のモデルであるやなせたかしの自伝には、小倉連隊にいた時代、上等兵の世話係になり、リンチから守ってもらえたという記述がある」という――。
軍人の頃のやなせたかし。日出生台演習場にて、1940年。
軍人の頃のやなせたかし。日出生台演習場にて。(写真=『やなせ・たかしの世界 増補版』(サンリオ)/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

やなせたかしが入隊した小倉連隊ではビンタが横行していた

連続テレビ小説「あんぱん」(NHK)第11週「軍隊は大きらい、だけど」では、太平洋戦争で徴兵された嵩(北村匠海)が小倉連隊の内務班に配属された。そこで嵩を待ち受けていたのは、理不尽な暴力による支配だった。ここでやっていけるのかと暗い気持ちになる嵩だが、上官の一人・八木信之介(妻夫木聡)だけは厳しいながらも暴力を振るわなかった。

そんな中、嵩は炊事班にいる健太郎(高橋文哉)と再会。東京高等芸術学校の同級生で、下宿でも同居していた親友の彼から、八木はインテリだが、幹部候補生の試験を受けていない変わり者と聞く。しかし、八木の口添えで幹部候補生試験を受けた嵩は、乙種幹部候補生となる。

そうして嵩が伍長になったある日、弟の千尋(中沢元紀)が嵩を訪ねてきた。しかし、海軍予備学生に志願し、海軍少尉になった千尋は駆逐艦に乗り、敵に爆雷を投下する任務につくという。「法で弱い人を救いたい」と言っていた千尋の変貌ぶりにショックを受けた嵩は、その本心を問いただすが……。

妻夫木聡扮する八木上等兵は、初対面のとき「姿勢を正せ!」「気を引き締めろ!」と厳しく指導し、その迫力に嵩が気圧されるシーンが描かれた。しかし、この人物が嵩にとって大きな影響を与えることとなる。

妻夫木聡演じる「八木上等兵」のモデルは?

では、実際にやなせの軍隊時代、八木のような人物はいたのだろうか。

評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(梯久美子著/文藝春秋)の中には、「上官や古兵もいろいろで、殴らない人は決して殴らない。どんな環境にあっても、自分を保つことのできる人がいることにも、嵩は気づいていった」とある。おそらく八木はそうした記述がヒントになっているのだろう。

また、ドラマでは戦争に向かう危うさとして、軍隊ではビンタや鉄拳制裁も当たり前で暴力に支配され、戦争とともに全体主義が横行し、「個」が踏みにじられていく様が描かれているが、これはやなせの次のような記述にも見ることができる。

「昔の軍隊教育というのはひとつのタイプで統一されていて、それは一種のファシズムに違いなく、リンチのやり方までほとんどおなじなのにはおどろく。こうして否応なしに洗脳されて軍人精神を叩きこまれる。学歴とかインテリジェンスとかはいっさい通用しない。それはむしろ小気味いいくらいで、ぼくは孤独なエイリアンだった」(『アンパンマンの遺書』岩波現代文庫)